部屋の片隅
それほど大きくないテーブルに向かい

飽きることなく座ってます。
いつもここで作業をしています。

手に届く場所には、
工具と 筆と お水と 糸と

革のハギレは
お気に入りのピンバッチをつけた
紙コップに色分けをしていれて

加湿器とか 水筒とか
チョコとか
氷をいっぱい入れた
甘いアイスコーヒーとか etc…

目のいく場所には
一目で惚れた
陶器のお人形とフクロウさん。

目の前には 窓があり
ほどよく 明るくて

天気のいい日は 気分よく
曇り雨だと それなりに

手を動かし
頭は忙しく
眠さはこらえ
本はペラペラしかめくらず
ゴソゴソとさがしものをし
製作をする。

好きなものに
囲まれて 触れられて
少しの狭さも ちょうどよく
集中するにも ちょうどよく。

そもそも
狭いとこ好きは
子供の頃からなんですよ。

公園にある遊具の中で
すきだったのは
ダントツで すべり台

滑るのが楽しくて♪

という理由ではなく
すべり台のあの幅に
スポットはまり寝そべって

ご飯だよ~と
母が呼びに来てくれるまでの その間
ただただ 空を見て 寝そべって

今思えば
何を考えていたのでしょう。
小さかったので
かくれんぼ感覚?だったのでしょう。

声がすると
ニコニコで むくっと起きて
ダラダラと すべり台をすべり

独り占め気分を満喫した公園から
お家に帰る。

たとえば、
お豆腐が すこしの余裕とお水と一緒に
容器に入っているような
あの安心感に似ていて

その名残かどうかは わからないけど
手の届く範囲に ものを置き
コロコロつきの椅子で 小さく移動
あれは あそこで
これは ここでと
確かめて安心をする。

わたしの前世は
お豆腐だったのでしょうか
一口で終わる人生だったのでしょうか

わたしはお豆腐なのでしょうか。

それでも
昨年、東京のカプセルホテルに
はじめて宿泊をしたとき

7階の奥、ハシゴを登って上の段
23時を過ぎたころ、地震。

狭いところは すきだけど
ここが人生の最後になるのは
すごくイヤだったので、ハシゴを降り

その日は備え付けのスリッパが
もらえなくなる日だったから
苦肉の策で
わたしは持ち合わせていたヘアーキャップを
両足にシャカッと履き
廊下をシャカシャカあるいていたところ

地べたで荷造りをしていた
金髪の外人さんに
手を叩くほど大爆笑をされ
NICE!!とウィンクをされ
まんざらでもない顔をして
よろこんで寝た、という
地震の怖さはどこへやら。

という、どうしょもない話なども
織り交ぜたところで

今日の作業はですね
双子のかわいいお客さまの
お揃いのお財布づくりです。
今日で完成できるかな。

その脇で 狭さゆえに
どんどん 積み上げられていく
紙と本と革。

朝から気になっていることは
ムーミン谷のミーは何歳だろう?

現実と非現実って
知恵と工夫と 想像で
ひとっ跳びの距離だから
ミーの年齢も然り
狭い場所から 繋げつつ 脱線しつつ
なにかしらの表現になっているのかなと
思ってます。

少しの出入り口を60°
囲まれた300°
この コの字の この場所

ここがわたしの作業場です。

いちばん
落ち着く狭い場所の
おはなしでした。

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